偽物が暴れてるところに…

本物来ちゃう展開っていいよね

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俺が待ち合わせの時間に少々遅れて入ってゆくと、奴はいつもの黒づくめのローブ姿で、いつもの壁際の席で、いつもの仏頂面で酒を呑んでいた。

「遅れてすまん。書類仕事が長引いた」

「かまわん、先に始めている。まぁ呑め、タフリマ産の10年ものだ、店主に無理を言って仕入れてもらった」

薄暗いランタンの灯りの下、酒樽に板を打ち付けただけのテーブルに並んだ酒は……美味い、確かに美味い。アルコールが喉を灼くだけでなく、複雑な果実の香りを口の中に残してゆく。

「美味いだろう?その顔を見ればわかる。つまみもいくつか頼んであ────」

機嫌のよさそうな声は、がしゃん、と皿が割れる音と女の悲鳴と男の怒号によって中断させられた。あーあ、ここの料理美味いのに、もったいない……。

俺はちらりとそちらを見たが、奴は”我関せず”とばかりに空いたグラスに酒を注いでいた。が、わずかに下唇を噛むその様は、奴が不機嫌であることの印だ。

奴は注ぎ終わった酒瓶を乱暴にテーブルに置くと、小さくため息をついた。

「仕方ない、祭りが近くて人が集まってる。酒場にいれば騒ぎも起きる。騒ぎが起これば自警団の仕事。
 自警団の隊長殿の仕事が増えれば、私は増えた隊長殿のお給料で酒をおごってもらえる、ってわけだ。なぁに、悪くない悪くない」

そう言って苦笑する。
確かに悪くはないかもしれない。俺がその隊長殿であることを除けば、だが。
まぁ何かにつけこいつの酒代を多めに払うのはいつものこと。多少の借りもあるし、それに────

「兄貴の面も名前も知らないってぇ!ゼファントール紛争を名を上げた”紅眼黒衣こうがんこくい”を知らないってか!えぇっ!?」

先ほど皿が割れたあたりで怒号が響いた。すごんだのは2人組の男の片割れ。その男の目の前には今にも泣きそうなウェイトレス。

「分かってるんだろうな!兄貴が本気を出したらこんな酒場一瞬で中の人間ごと灰にできるんだぞ!」

そういうともう1人、黒いジャケットにカーゴパンツとブーツの男がおもむろに右手を前にだし、手のひらを上にあげた。
次の瞬間、青白い炎が男の手のひらの上で意志を持つかのように舞った。
よく見ると男の頬にはなにやら紋様めいた刺青が入っており、右目だけが血のように赤い。

「も、申し訳ございません!お、お代は結構ですのでどうかお引き取り願えますでしょうか?」

静寂に包まれた酒場の中、店主が茶封筒を持ってあわてて飛んできた。それを最初にいちゃもんをつけた男が確認すると満足そうにうなずく。

「おい、今度から気をつけろよ!」

ウェイトレスの首にまかれたチョーカーに指をかけて顔を引き寄せにらみつける男。俺はそれを見ながら向かいで腰を浮かしかけた奴の腕を掴んだ。
「よせ」

こいつのことだ、どうせ出て行って止めるんだろう。自分の財布が痛むわけでもないのに。

「断る」

「この2年の苦労を消し飛ばす気か、その前の2年を忘れたのか、あの戦場に連れ戻されてもいいのか」

「知ってる。分かってる、でも……」

奴の気持ちもわかる。財布は痛まないが、魂は目の粗いヤスリで削られているはずだ。
血色のいい唇の奥でぎりぎりと歯を食いしばる音がこちらまで届きそうなほどに。

「なんだてめぇ、言いたいことでもあるのかよぉ!」

重苦しい沈黙によって縛りつけられた酒場の中、二人組の声がこちらに刺さった。

「勤務時間外とはいえ、一応自警団なんでね。悪いが無法を見逃すわけにはいかない」

奴の腕を離すと立ち上がり、男たちをねめつける。

「はは、自警団?昼間も2、3人ぶっとばしたが弱すぎて話にならなかったぜ!」

ああ、こいつらが俺の書類仕事を増やしたのか。せっかくの休み前の定時上がりを邪魔したのか。八つ裂きにしてやりたい……。

「軽くのして出るとするか」

今まで一言もしゃべらなかった黒ジャケットの男がそう言って手を前にかざすと、頬の刺青と紅い左目に光が宿った。
まずい。実にまずい展開だ。

「おい」

不意に俺の隣のローブ姿の人間が声を発した。落ち着いた、よく通る、アルトの音色。

「3つ、訂正してやる」

伝説の魔法使い”ノバ”にその全てを教わり託された者。

「1つ、刺青は右の肩にある」

4年前、ゼファントール公国の内紛を終わらせた、たった1人の魔法使い。

「2つ、紅い目は魔法を使う時だけもとの黒に戻る」

正義のため、と教え込まれて力を振るい、敵に恐れられ味方にうとまれ

「3つ、紅眼黒衣、では足りないんだ」

そう言って、奴はローブのフードを脱いだ。

「紅眼黒衣の魔女、それが」

戦場にいくつもの屍の山を築き、白かったローブを血で紅黒く染め上げ、その魔力の顕現とともに黒い瞳から涙を流した少女の二つ名だ。

「私の名だ」

言葉とともに、目に見えない力が彼女を中心に渦巻き、引き寄せられた風が長い黒髪を揺らす。瞳が紅から色を失って黒へと戻る中、彼女は右手をそっと、まるで女王が手の甲へのキスを許すかのように持ち上げた。

紅眼黒衣と名乗った男も、その横で威を借る男も、酒場にいた誰も彼もが、彼女に見とれていた。次の瞬間

「ぎゃっ!?」

男2人は床に倒れ込み、上から巨人に押し付けられたかのように苦悶の表情を浮かべている。

「もう、他の人間の名前を騙ったりしないな?」

「じ、じまぜん……」

「この街から失せろ、次にこの酒場にいる連中とお前が出会ったら……」

そう言って彼女は持ち上げた手を軽く握ってみせた。次の瞬間

「いだい痛いっ!しません、しませんっ!!」

彼女が力を抜いて腕を下げると、どこからともなく吹き込んでいた風も消えて男の表情が軽くなった。

「ひ、ひぃ、ばけもの……」

男たちは金の入った封筒を放り出すと、一目散に逃げて行った。まあ、一件落着といえばそうなんだけども。

「やっちゃった」

あからさまに落胆した彼女は、力なく椅子に腰かける。それを遠まきに見ていた酒場の客たちは、一瞬の静寂の後に大きな歓声をあげた。

彼女(と、おまけ程度に俺)を囲んで酒瓶を突き出し呑めや呑めやの大騒ぎ。
注いだらあけろ、空けたら注げ、奴もまんざらではなさそうだが、やや困惑気味に酒が進んでゆく。
そんな中1人の男がこう切り出した。

「いやぁすごいね!あの魔法!仕組みはよくわかんなかったけどさ!もう本物そっくり!」

…………え?

「本物はもっと大女で、もっとこう、ぼん・きゅっ・ぼーん!なんだろ?」

「俺は髪の毛が蛇でできてる、って聞いたぜ?」

「いやいや、蛇なのは右手で、髪の毛は飼ってる蜘蛛が吐き出す糸でできてるんだろ?」

「ほら、お付きの一つ目巨人サイクロプスもいないし!」

「いやでも、まるで本物!すごいの見ちゃったよ!」

「ほら、親父も礼言っとけよ!今日は俺たちがおごるから、さぁ飲め!やれ飲め!」

なにやらテンション上がって肩を組んで歌いだす男たち。そんな中に放り込まれ、左右を担がれて足が宙に浮いている彼女。

その日は閉店までどんちゃん騒ぎで、結局酒屋を出たのは日付がかわって満月が西に傾きだした頃。
彼女はぐでんぐでんに酔っ払い、俺に背負われて夜道を歩く。

「……つーか、ぼん、きゅっ、ぼーん!ってなんだよほんものだぞー」

寝言なのか何なのか、ぽつりとつぶやく。
まぁ、比較的平坦なのは自他ともに認めるところ。4年前はもっと背が低かったし、まして豊満な肉体ではなかった。
最初に出会った時は肋骨が浮き出るほど痩せ、落ち窪んだ目で周囲のご機嫌をうかがいながら過ごしていた。

「……げろ?」

おねがいやめて。

「でも……よかった……このまち、だいすき……」

なんだかんだ必死で逃げ回って、なんだかんだ流れ者を受け入れてくれたこの街で生きている。
このまま、こうやって生きていければいい。
満月の下、そう思いながら俺たちは家路につく。
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